延命寺について

About Enmeiji Temple

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延命寺の歴史

 元和二(1616)年、岡山よりやってきた龍宣和尚が、いまと変わらぬこの地に延命寺を開きました。
ご本尊の薬師如来像は「長崎に真言の教えを」と、和尚が背負ってきたと伝えられています。
京都の仁和寺を総本山とし、代々の住職は真言宗の発展にも大きく貢献して参りました。
 建立当初より、疫病や健康への霊験あらたかなお寺として知られ、港の出船入船の安全祈願もあわせて、
多くの人々の崇敬を集めています。長崎奉行所との親交も深かったことから、
やがては町を挙げての「長崎惣祈願寺」となりました。
境内にある各町のお堂や市中に点在した末寺もあわせ、
町と人々の大きな支えとなっていたことがうかがえます。
街中にありながら緑濃い境内には、「醫王山」の名にふさわしく、
ご本尊の「薬師如来」や「びんずるさま」「白寿観音」がおられます。
400年の時の流れも感じながら、病気平癒、健康長寿をご祈願ください。

  • 1673年ごろの延命寺
    (「寛文長崎図屏風」長崎歴史文化博物館収蔵)
  • 長崎奉行所立山役所の大門を下された旧山門
  • 昭和初期ごろの大師堂(「延命寺ゑはかき」より)

江戸時代初期の屏風にも鮮やかに描かれている、延命寺の姿
オランダ船、唐船……異国の船に賑わう貿易港・長崎を見守っていました

健康と長寿を願う

賓頭盧尊者
(びんずるそんじゃ)

 本堂の薬師殿前におられるのは、賓頭盧尊者。
「びんずるさま」と親しまれています。釈尊(お釈迦さま)の弟子で、「最高の悟りを得たもの」である十六羅漢の筆頭である尊者は、優れた神通力を持ち、病人や体の不自由な人を助けたり、意地悪な人を懲らしめたりしていました。
しかし次第にその力をもてあそぶようになり、
釈尊より叱責を受けます。
改心した尊者は、釈尊の入滅後も涅槃(ねはん)に入ることなく、
衆生のそばで救済に努めたとのこと。
当山でも旧本堂の時代から、内陣ではなく外陣にてお祀りされ、参拝の方々の手が届くところで、直接ご利益をいただく習慣が続いています。宝珠を持たれた尊者の左手をはずし、身体の具合が思わしくないところをさすってお参りください。

御朱印をどうぞ

延命寺は、九州八十八ヶ所霊場、九州三十三観音霊場、長崎四国八十八ヶ所霊場の札所となっております。
お参りに応じた御朱印を受けられてください。
ご希望の方は、参拝をお済ませになり、寺務所までお申し出ください。

  • 九州八十八ヶ所霊場第65番札所
  • 九州三十三観音霊場第24番札所
  • 長崎四国八十八ヶ所霊場第1番札所

お問い合わせ

095-822-0378

午前10時~午後5時まで